「なんとなく気分が落ち込む」
「ずっと仕事のことを考えてしまう」
このような不調を抱えている方は多くいらっしゃいます。
病院で検査をしても異常は見つからないけれど、確かに存在する身体の不調。
その背景には、長時間の労働や人間関係のストレス、睡眠不足、スマホ(SNS)の長時間利用など複数の原因が重なる現代の疲労が考えられます。
こうした疲労には筋肉のこりだけではなく、脳や自律神経、感情などさまざまなところに影響がある場合も少なくありません。
そんななか、最近は精神科領域や心理領域でも鍼灸が注目され始め、医学系雑誌でも鍼灸についてのレビューが増えてきています。
今回は鍼をすると脳(心)にどのような影響があるのか、そもそも疲労とはなんなのか、ということをみていきたいと思います。
目次
鍼の刺激は脳にも働きかける
鍼治療というと、筋肉をこりを緩めるというイメージが強いかと思います。
しかし、鍼の刺激による影響は筋肉だけにとどまりません。
鍼は皮膚や筋肉に刺すだけの施術と思われがちですが、実際には末梢神経→脊髄→脳へと刺激の情報が伝わり、脳内のさまざまな領域が反応します。
これは、痛みや温度、触られた感覚などを感知するたくさんの感覚受容器(センサー)が身体には存在しているからです。
鍼の刺激により変化する脳の領域
鍼の刺激によって、特定の脳の領域を活性化したり、抑制したりすることが示されました。
- 「内側前頭前皮質」・・意思決定などに関わる
- 「扁桃体」・・不安や恐怖反応に関わる
- 「中脳中心灰白質」・・痛みの制御に関わる
- 「視床下部」・・自律神経に関わる
主にこのような領域が、鍼の刺激によって反応することが研究でわかっています。
このことからも鍼治療は、筋肉のこりをゆるめたり血流を促進したりするだけではなく、脳の回路そのものにも働きかける可能性があると考えられます。
鍼が自律神経を整えるしくみ
自律神経は、活動するときに優位に働く交感神経と、リラックスしているときに優位に働く副交感神経の2つから成り立っています。
交感神経と副交感神経はシーソーのように働きながら、全体のバランスを保つことで生命活動を維持しています。
しかしストレスが多い環境だと、交感神経が優位な状態が続いてしまい、なかなかリラックスすることができなくなってしまいます。
そんなときに役に立つのが鍼灸です。
末梢への心地よい鍼刺激でリラックス
鍼の刺激が皮膚や筋肉の受容器(センサー)に伝わることで、だんだんと副交感神経が優位になっていきます。
副交感神経が優位になると、心拍数が安定し呼吸が深くなったり手足がポカポカしたりします。
鍼灸を受けるとこのような反応が起こるのは、副交感神経が優位になるからなんですね。
鍼の刺激は脊髄レベルで痛みを抑える
身体にはもともと、痛みを抑えるしくみが備わっています。
鍼灸によって、痛みを抑えるしくみを活性化させ、肩や腰などの痛みを抑えます。
鍼灸を受けると身体がスッキリするのは、筋肉をゆるめたり血流を促進したりするだけでなく、痛みを抑えるしくみも活性化させるからです。
このような鎮痛効果を、ゲートコントロール説や広汎性侵害抑制調節 (DNIC)なんていいます。
脳にも影響を与える鍼の刺激
鍼の刺激によって影響があるのは局所だけではありません。
なんと脳にまで影響を及ぼしていることが、研究で明らかになりました。
内側前頭皮質や扁桃体、視床下部といった脳の領域への作用により、自律神経のバランスが整ったり、不安やイライラなどの感情が安定したり、夜に眠りやすくなったりといったことが起こりやすくなります。
鍼刺激による神経伝達物質への影響
脳への影響もあるということは脳内の神経伝達物質にも影響があります。
- セロトニン・・気分の安定や睡眠などに関係
- エンドルフィン(内因性オピオイド)・・痛みの抑制やリラックスなどに関係
- GABA・・不安感を抑えるのに関係
鍼の刺激はこのような神経伝達物質にも良い影響を与えるため、気分が前向きになったりよく眠れるようになったりします。
鍼治療を受けると不思議と前向きになれるのは、このようなしくみがあったからなんですね。
疲労を感じるのは脳
疲労と疲労感、同じようなイメージがありますが正確には違います。
- 疲労・・心身への過剰な負荷による身体や脳の活動能力低下のこと
- 疲労感・・疲労を自覚する感覚のこと
そして、身体的な疲労も精神的な疲労も、脳では同じ疲労として感知しています。
長時間労働やさまざまなストレス、睡眠不足などで心身に負荷がかかると疲労となって身体に現れます。
睡眠の見直しや適度な運動をすることで回復するのですが、放置してしまうと疲労も慢性化します。
疲労に対する鍼灸の効果
最近の研究を見てみると、どうやら鍼灸は疲労感の軽減にも効果がある可能性が示されています。
鍼灸が脳にも作用することで、エンドルフィンなどの神経伝達物質の促進、自律神経の調整、感情を落ち着かせるなどが総合的に影響しあい、疲労感の軽減にもつながると考えられます。
まとめ
鍼灸は筋肉のこりや血流促進だけでなく、脳の活動にも影響して疲労感や心の不調にも働きかける可能性がある施術方法です。
鍼灸が治療の第一選択になるわけではありませんが、副作用のリスクも少なく、安全性も高いため気軽に受けられるかと思います。
身体の不調は筋肉の問題だけではなく、脳や自律神経、睡眠も深く関わっています。
鍼灸は身体にも心にも優しく働きかけるため、ストレス社会を生きる我々にとって、とても相性がいい治療法なのではないでしょうか。
参考文献
- Wenjing Huang et al. Characterizing acupuncture stimuli using brain imaging with FMRI- A systematic review and meta-analysis of the literature. doi.org/10.1371/journal.pone.0032960
- Yang Fang et al. Medicine (Baltimore)(2022) Acupuncture and moxibustion for chronic fatigue syndrome: A systematic review and network meta-analysis. doi: 10.1097/MD.0000000000029310
- Qing Zhang et al. Acupunct Med(2019). Acupuncture for chronic fatigue syndrome: a systematic review and meta-analysis. DOI: 10.1136/acupmed-2017-011582
- 「東洋医学はなぜ効くのか」 山本高穂 大野智 講談社